行動経済学とは?ナチスの兵士はユダヤ人のカーネマンを抱き寄せた

ズバリ、行動経済学とは?

突然ですが、休日に買い物をしたときのことを想像してください。

次の2つの状況に直面したとき、あなたはどういう行動をとるでしょうか。

①ドライヤーを買いに家電量販店に行ったら、欲しいメーカーのものが5000円でした。しかし、そこから徒歩10分のところにある家電量販店では4000円で売っていることを知人から聞きました。

②別の日にテレビを買いに行ったら、15万円でした。しかし、もう一方の店では14万9000円だったようです。

この2つのケースの両方において、あなたなら店を変えて安く買いますか?

それとも面倒なのでそのまま高い方を買いますか?

これら2つのケースは、どちらも『店を変えたら1000円安くなる』話です。

しかし、『5000円が4000円になるなら店を変えよう』と思う人は多くいます。

一方、逆に『15万円が14万9000円になっても大して変わらないな』と考えるも多くいます。

どちらも同じ『1000円の差』なので、金額だけを合理的に考えれば2つのケースでとる行動は同じになるはずです。

しかし私たちは、状況によって値段の評価を変えてしまいます。

このように、人が非合理的で矛盾した行動や考え方をしてしまうのはなぜなのでしょうか。

それを知ろうとするのが、行動経済学という学問です。

人の非合理的な行動の理由を説明してくれるこの学問では、人がどんな行動をとり、その理由は何で、その結果どんなことが生じるのか、社会にどんな影響を及ぼすのかが研究されます。

人がついとってしまう行動を理解すれば、さまざまな経済政策を考えるうえでも有効です。

普段、私たちが無駄遣いや衝動買いをして後悔してしまう裏には、行動経済学に基づいた売り手側の戦略があるのです。

人はいつも合理的な判断をするわけではないということを、行動経済学はいつも解き明かします。

感情に惑わされて、1000円という安くない金額の価値すらコロッと変わってしまう、そんな人間のリアリティにメスをいれる学問なのです。

「行動経済学」という言葉が使われ始めたのは1940年代

ミシガン大学の心理学者だったジョージ・カントナが「行動経済学」という言葉を使い始めたのが、この学問の起源だと言われています。

50年代に入り、それを体系的な学問として確立させていったのは、経済学者ハーバート・サイモンです。

それまでの経済学では、行動を決める選択肢は予め与えられているものと想定されていました。

一方、人間の行動はそれほど合理的ではなく、そもそも認知能力にも限度があり、あくまで自分の満足度に応じてしか行動できないとも言えます。

これが行動経済学の考え方です。

サイモンは『何が良いのかを選ぶ際、人は時間とパワーを必要とする』と主張しました。

人は直感という安易で非合理的な判断基準により、満足度の高い選択をしようとするのだそう。

時は流れ2002年、ダニエル・カーネマンが行動経済学でノーベル経済学賞を受賞します。

今や行動経済学は、消費者行動のあらゆる背景を説明できる学問として、企業のマーケティングやブランディング戦略に幅広く応用されています。

従来の経済学の常識を覆した行動経済学

今までの経済学では、矛盾した判断は一切せず、常に自分の利益を優先するというホモ・エコノミクスを想定し、モノやお金を効率的に使って企業の利益や個人の満足度を高めるための学問を追究してきました。

それは人間の心の動きや葛藤を想像しなくても、合理的な行動をとるものだとしていますが、現実では、私たちは日々迷いながら物事を判断しています。

例えば、イギリスの倫理学者フィリッパ・フットが考えたトロッコ問題があります。

トロッコ問題とは、『人がいかに非合理的判断をする存在か』をわかりやすく示唆する以下の質問をさします。

線路を走っていたトロッコのブレーキが壊れました。線路の先には5人の作業員がおり、このまま突っ込めば彼らは死んでしまいます。近くには違う線路に行先を切り替える装置があり、切り替えれば、5人は助かりますが、別の線路にいた1人の作業員を轢いてしまいます。あなたは、5人の命を助けるために、1人の命を犠牲にしますか?

合理的な経済学の考え方の一つである功利主義に沿えば、最大多数の最大幸福を優先すべきなので、一人の命を犠牲にすべきです。

しかし、その一人は事故に関係がなかったはずの人物です。

論理の通りに特定の人物の命を奪うことには誰しも強い葛藤が生まれるでしょう。

このように、ほとんどの人間はホモ・エコノミクスのように論理的、利己的にふるまうことは出来ないのです。

行動経済学の産みの親、ハーバート・サイモンとダニエル・カーネマン

行動経済学を学問として整えた第一人者にハーバート・サイモンがいると述べました。

1916年、サイモンはアメリカ・ウィスコンシン州に生まれました。

父は電気技師、母はピアニストと、学者とは縁遠い家庭環境だったものの、母の親族に経済学者がいたことから興味を抱くようになり、33年にシカゴ大学に入学します。

経済学や政治学を学び、42年にカリフォルニア大学バークレー校で政治学の博士号を取得し、49年にカーネギーメロン大学に移籍すると、コンピューターや情報科学に強い大学環境を生かし、行動科学に関する研究にのめり込みます。

そこでの学びが、合理性偏重の従来の経済学への疑問に繋がっていきます。

そして、55年に「合理的選択の行動モデル」という論文を出し、人が意思決定の際、合理的であるとするものの認識能力の限界により限られた合理性しか持てないとする限定合理性を主張しました。

これらの業績に対し、サイモンには、78年にノーベル経済学賞が贈られました。

限定合理性による考え方は、その後、心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキー、経済学者リチャード・セイラーによって展開されていくのでした。

ハーバート・サイモンの限定合理性の概念を継承し、プロスペクト理論を生み出したのが、ダニエル・カーネマンです。

1934年、カーネマンはイスラエルのユダヤ人一家に生まれました。

第二次世界大戦時にナチス占領下のパリで暮らしていた際、ユダヤ人であることを表すダビッドの星を胸につけて街を歩いていると、前方からドイツ人兵士がやってきたそうです。

連行を覚悟して通り過ぎようとしたところ、兵士はカーネマンを抱き寄せ、いくらかのお金を渡して去っていきました。

その経験から、人の心の複雑さを学びたいと考えるようになりました。

大戦後、エルサレムのヘブライ大学で心理学と数学を学び、カリフォルニア大学バークレー校に留学し博士号を取得します。

その後、ヘブライ大学に教授として戻り、同僚のエイモス・トヴェルスキーに出会います。

2人は共同研究を重ね、プロスペクト理論を提唱します。

『評価の基準となる参照点からの変化によって影響される』や『同額であれば得するより損する悔しさの方が大きい』といった内容は、行動経済学が広まる契機となり、投資家の心理分析や行動ファイナンス理論などの基礎を作りました。

トヴェルスキーは1996年に亡くなってしまいましたが、二人は2002年にその功績を称えられ、ノーベル経済学賞を受賞しました。

同じく注目される神経経済学

行動経済学以外に注目されている経済学として、脳神経学の知見と経済学を融合させた神経経済学があります。

神経経済学は、神経生物学から人の行動を観察し、経済活動での選択の理論を作り上げようとするものです。

PETと呼ばれるがんの検査法や、fMRIと呼ばれる脳が機能しているときの血流の変化などを画像化する方法を使い、人がある行動を起こす際に脳のどの部分がよく働いているのかを調べることで、合理的な判断で動いているのか、感情が強く左右しているのかを見ることが出来ます。

また、脳の中のホルモンが私たちの行動にどんな影響を与えているのかを調べることができます。

例えばお金を得たとき、ドーパミン系回路は好きな食べ物やお酒などによる興奮と同じ満足感をもたらします。

お金自体が喜びのため、お金を手放すという行為の苦痛をなるべく感じない方が、人はより消費行動を起こします。

現金払いよりクレジットカード払いの方が抵抗感がないのは、脳の動きによって説明されるのです。

他にも投票行動時の脳内の変化、広告を見たときの脳の働きなどを調べる神経経済学は、今後の展開が楽しみな学問です。

参考 Behavioral economics, explained - UChicago News

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