海を活かすべき日本軍が陸戦に偏って失敗した事例

シーパワー国は海の戦いに強い

日本は陸ではなく海で戦う、ととても強力な国です。

つまりシーパワーである日本は、明治時代に中国()と戦った日清戦争では、海戦で大勝利を続けたことで制海権を握りました。

その海を終戦まで守りきったことで背後を固めることができた日本は、陸の戦いでも海からの援護を行うことで戦いが有利にはたらき、勝利しました。

日清戦争に続き、日露戦争でも海の力で勝利しています。

ロシア帝国と戦った日露戦争では、 ロシアの旅順艦隊を日本海軍が海上で破り、 ロシアの重要な拠点旅順要塞を攻略したことで、周辺の制海権を日本が取りました。

さらに、ロシアのもつ世界最強のバルチック艦隊を、日本海海戦で撤退的に叩いたことで、 日本が勝利ました。

日本もともとランドパワーだったので、特殊な事例もあります。

鎌倉時代に起きたモンゴル帝国()との戦いでは、ランドパワーの日本とランドパワーのモンゴルが戦い、 日本は高さ2mほどの岩垣をつくってモンゴルの騎馬兵を撃退しました。

そしてモンゴルの拠点となっていた対馬壱岐を奪い返し、 モンゴルを海の上に孤立させました。

モンゴルが次の作戦を海の上で考えていたときに、嵐に遭ってモンゴル軍は壊滅しました。

こうしてランドパワーだったころの日本が、 海の力で外国に勝った例も歴史の中では多数あります。

ランドパワーでの戦いで惨敗

逆に日本がランドパワーとして戦い、敗北した例もあります。

1592~98年にかけて戦国時代に日本全国を統一した豊臣秀吉が、 海外の土地がほしくて朝鮮に2回進攻した 朝鮮出兵という国際戦争がありました。

この戦いでランドパワー国だった日本は、朝鮮に上陸して戦いました。

最初は日本が押していたましたが、兵士が戦うために一番必要な補給がうまくいかず、さらに朝鮮が(中国)に助けを求めたことで戦いが長引きました。

最後は、秀吉が死去したことで中止になりました。

地政学の視点を忘れてはならない

1937年に起きた日本と中国間の日中戦争でも、シーパワーである日本が陸軍を増やし、巨大な領土をもつランドパワー国である中国に攻めていきました。

補給に必要なルートが長くなってしまったせいで、それ以上前に進めなくなったのが主な敗因です。

また、中国はその間にイギリスやフランスから多くの支援を得られていました。

海という壁に守られている日本が、 地政学的な視点を欠いて陸上での戦いを挑み、失敗した典型的な事例です。

参考 Second Sino-Japanese War | Summary, Combatants, Facts, & Map

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