明治時代に『開戦が占いで決まった』戦争がある
日清戦争開戦は占いで決められた?
1894年に勃発した日清戦争は、明治維新後の日本が初めて外国と戦い、そして勝利した近代戦です。
普通なら、工業力や国力、政治力などを背景に開戦を決めるものですが、この戦いは占いに
よって、開戦が決定されたともいわれます。
開戦当時の首相は、伊藤博文です。
伊藤は大日本帝国憲法の起草に関わるなど、近代日本成立の立役者として知られます。
そんな伊藤には、「占いで政策の決定を下していた」という一面もありました。
伊藤が頼みとしたのは、現在の「高島易断」の祖・高島嘉右衛門です。
高島は優れた易者でありながら実業家としての顔も持ち、経営上の重要な判断には必ず占いを用いていたといいます。
自身が建設した旅館は政府高官の社交場となっていたこともあり、高島は有力政治家と親交を深めていましたが、特に呢懇の間柄だったのが、伊藤でした。
伊藤は高島に、日清戦争開戦について助言を求
めました。
すると高島は、日本軍の勝利を占いによって判断したといいます。
また、高島は三国干渉も予測したことで、伊藤はその後の策も練っていたといいます。
日露戦争の際、東郷平八郎を連合艦隊司令長官に任命したのも、高島の易によるものだったと
の説もあります。
とはいえ、歴史的事実が示すように、伊藤は
占いに全てを委ねたわけではありません。
自身の判断に占いという後押しを求めたと考えるのが、適切でしょう。
参考 The 1894 (Meiji 27) Book of Divination of Leading Figures